【連載:SaaS多機能化の罠 第3回】決裁者は「不足」を嘆き、現場は「過剰」に喘ぐ。埋まらない認識の断層

皆様、こんにちは。シナジーマーケティングの和田直之です。 前回の第2回では、多機能なSaaSが現場から「週に1時間以上の操作ロス」を奪い、さらに「使いこなせない自分が悪い」という深刻な自己否定を生んでいる実態をお伝えしました。高機能すぎるツールが、皮肉にも現場の生産性だけでなく、自信やDXへの意欲までも奪っているという重い事実です。
ここで、多くの方が1つの素朴な疑問を抱くはずです。 「効率化の旗印のもとで導入されたツールが、それほどまでに現場を疲弊させているのなら、なぜ企業はすぐに別のツールへ乗り換えたり、シンプルなプランに見直したりしないのか?」
使えないものに高いライセンス料を払い続けるのは、経営的に見ても不合理です。しかし現実には、多くの企業が「合わないツール」を解約できず、何年もズルズルと使い続けています。 今回は、組織の中でSaaSツールの見直しがなぜ「停滞」してしまうのか、その根本的な原因に迫ります。
全5回で扱うテーマ
全5回で扱うテーマは、次の通りです。
- 第1回:多機能なSaaSは、本当に現場を楽にしているのか
- 第2回:『検索』の罠:約6割のユーザーが、効率化ツールによって時間を奪われている真実
- 第3回:決裁者は「不足」を嘆き、現場は「過剰」に喘ぐ。埋まらない認識の断層
- 第4回:「何でもできる」の終焉。現場が本当に求めている「等身大」の選定基準
- 第5回:機能を削ぎ落とし、成果を最大化する。持続可能なSaaS運用へのロードマップ
決裁者が抱える葛藤「ツールの見直しに着手できない」
実は、ツールを選定・導入する「決裁層」も、この現状をただ思考停止で放置しているわけではありません。 今回の調査で、SaaSツールの導入や更新の判断に関与する「決裁層」に対して、現在のツールの見直し(解約やプラン変更)を検討しているかを聞いたところ、「見直し検討層」は81.8%に上りました。実に8割以上の決裁者が、「今のままではいけない」「コストや運用を見直すべきだ」という課題感自体は明確に持っているのです。
しかし、問題はその内訳です。 見直し意向がある層のうち、「具体的に解約・変更を検討している」のは25.8%にとどまり、半数以上の56.1%が「見直しをしたいと考えているが、まだ着手できていない」と回答しました。

会議室の「機能不足」論と、現場の「オーバースペック」という悲鳴
なぜ、課題を感じながらも見直しに踏み切れないのでしょうか。 「他システムへのデータ移行が大変だから」「代替ツールを探して比較検討する時間がないから」といった、移行コストや工数の問題も当然あるでしょう。しかし、データをさらに深掘りし、日々の現場のリアルな情景を観察していくと、見直しを阻む「もっと根深い壁」が存在していることがわかります。
それが、決裁者と現場の間にある「ツールに対する評価軸の決定的なズレ(認識ギャップ)」です。
たとえば、社内でシステムの活用状況を報告する会議の場を想像してみてください。 決裁者やマネージャーは、ダッシュボードの数字が伸びていないことや、営業の入力率が低いことを見てこう言います。 「今のツールは、顧客のこの行動データが取れないからダメなんだ。もっと高度な分析機能がついた上位プランにするか、最新のAIツールに乗り換えないと、これ以上の成果は出ない」
しかし、その会議室を一歩出て現場に戻ると、担当者の実感はまるで違います。 「高度な分析機能なんて求めていない。毎日の活動履歴を入力するだけで画面を3回も遷移しなければならない今の仕様をどうにかしてほしい。これ以上、新しい機能やボタンを増やさないでくれ」
この情景は、決して大げさな作り話ではありません。 調査において、同じツールに対する評価を「決裁に関与する層」と「現場で利用する層」で分けて分析(クロス集計)したところ、驚くべきねじれが数字として浮き彫りになりました。
現在導入しているツールに対して、決裁層の30.3%が「機能不足」を課題視しているのに対し、現場層の44.6%は「オーバースペック(機能過多)」だと感じていたのです。

この「認識の断層」が示す現実は、非常に重いものです。 日々システムに向き合っていない決裁者は、成果が出ない原因を「今のツールではできないことがあるからだ(=機能不足)」と考えがちです。そのため、ツールの見直しを検討する際にも、機能比較表を広げ、「もっと色々なことができる、さらに高機能なツール」を探そうとします。
しかし、現場の実感は真逆です。前回のデータが示す通り、現場はすでに「今の機能すら多すぎて迷子になっている(=オーバースペック)」状態なのです。 現場からすれば「もっと機能を減らして、シンプルにしてほしい」と願っているのに、上層部からは「今の課題を解決するために、さらに高度な機能がついた新システム」が提案される。これでは現場が猛反発するか、あるいは「どうせまた誰も使いこなせない」と冷ややかに諦めてしまうのは当然です。
ツールの見直し「未着手(56.1%)」の元凶――組織内の致命的な認識ギャップ
決裁者は「不足」を嘆き、現場は「過剰」に喘いでいる。 この評価軸のズレが存在する限り、双方が納得するツール選びは決してできません。経営層が良かれと思って提案する新ツールは現場の負担を増やし、現場が求めるシンプルなツールは経営層から「拡張性がない」と却下される。結果として、「結局どれを選べばいいかわからない」という状態に陥り、見直しが「未着手(56.1%)」のまま放置されるという停滞を引き起こしているのです。
第3回で押さえておきたい結論は、ここです。 ツールの見直しを阻んでいる最大の壁は、移行の手間ではない。経営・決裁者が「機能の豊富さ」を求めているのに対し、現場が「直感的な使いやすさ」を求めているという、組織内の致命的な認識ギャップである。
この断層を埋めない限り、何度ツールを入れ替えても同じ悲劇が繰り返されます。 では、現場の悲鳴をすくい上げ、双方が納得して本当に使われるツールを選ぶためには、どうすればよいのでしょうか。
次回、第4回「『何でもできる』の終焉。現場が本当に求めている『等身大』の選定基準」では、機能の網羅性(All-in-One)を追い求める時代から、現場が本当に求めている「柔軟なツール設計」へと価値観がどう変化しているのか。ユーザーのリアルな声(次期ツールへの要望)をもとに紐解いていきます。
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