【連載:SaaS多機能化の罠 第1回】多機能なSaaSは、本当に現場を楽にしているのか

皆様、こんにちは。シナジーマーケティングの和田直之です。 私は日々、企業のマーケティングや顧客接点の設計に関わる中で、数多くのお客様のSaaS活用や運用設計を支援しています。その中で、近年、非常に強く感じる「違和感」があります。
MA、CRM、SFA、チャットツール、プロジェクト管理ツールなど、私たちが日々業務で利用するSaaSツールは年々進化し、「何でもできる」多機能化が急速に進んでいます。機能が増えること自体は、一見すると便利で拡張性が高く、素晴らしいことのように思えます。しかし、現場のリアルな声に耳を傾けると、「高機能であること」が必ずしも現場の「使いやすさ」や「ビジネスの成果」につながっていないという切実な課題が浮かび上がってきます。
たとえば、こんな光景に心当たりはないでしょうか。 全社的なDX推進の号令のもと、経営層やIT部門が「あれもできる、これもできる」と期待を込めて、最高ランクの多機能なSaaSを導入する。キックオフの場では「これで我が社の業務は一気に高度化する」と盛り上がります。 しかし、半年後。現場の担当者が開く画面には、一度も押されたことのない無数のメニューボタンが並んでいます。マニュアルは分厚く、設定項目は複雑を極め、結局現場は「最低限のデータ入力」をこなすだけで精一杯。効率化のために多額の投資をして導入したはずのツールが、皮肉にも現場の生産性を奪い、ため息と疲労感を生み出している。そんな矛盾が、今のBtoB企業の現場で静かに進行しています。
この連載では、当社が実施した「SaaSツール利用に関する統計調査2026」のデータをもとに、多機能化が進むSaaSの理想と、それに振り回される現場の現実を紐解き、単なる数字の紹介ではなく「経営と実務の構造的な課題」として整理していきます。
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全5回で扱うテーマ
全5回で扱うテーマは、次の通りです。
- 第1回:多機能なSaaSは、本当に現場を楽にしているのか
- 第2回:『検索』の罠:約6割のユーザーが、効率化ツールによって時間を奪われている真実
- 第3回:決裁者は「不足」を嘆き、現場は「過剰」に喘ぐ。埋まらない認識の断層
- 第4回:「何でもできる」の終焉。現場が本当に求めている「等身大」の選定基準
- 第5回:機能を削ぎ落とし、成果を最大化する。持続可能なSaaS運用へのロードマップ
このシリーズ全体を通じて一貫して見ていきたいのは、「機能を追加すること」と、「現場が無理なく運用できること」はまったく別だという点です。
第1回となる今回は、その出発点として、SaaS導入における「課題の質」が今、どのように変化しているのかを見ていきます。
課題の質の変化:「機能不足」から「オーバースペック」へ
かつて、システム導入における現場の不満の代表格といえば、「機能が足りない」「自社の独自の業務プロセスに合わない」「やりたいことができない」というものでした。だからこそ、ツール選定の際には、機能比較表にどれだけ多くの「○」がつくかが重視されてきました。
しかし、現在の実態は大きく異なります。 今回の調査で、現在業務で導入しているツールの「機能」に対する実感を聞いたところ、「機能が不足しており、業務に支障がある」と答えた層は、わずか14.0%にとどまりました。もはや、機能が足りなくて困っている現場は、明らかな少数派なのです。
一方で、注目すべきは全く逆の回答です。 「機能が多すぎて、半分以上の機能は使っていない(オーバースペック気味)」が22.0%、「機能が多すぎて、ほとんどの機能を使いこなせていない(完全にオーバースペック)」が17.2%となり、合計で39.2%(約4割)の利用者が「ツールの多機能性を持て余している(オーバースペック状態にある)」ことが明らかになりました。

この「機能不足14.0%」と「オーバースペック39.2%」という数字のギャップが示す現実は、非常に重い意味を持ちます。 つまり、現在のSaaS活用における現場の最大の課題は、「機能が足りないこと」から、「機能が多すぎること」へと明確にパラダイムシフトを起こしているのです。
多機能なツールは「何でもできる」という利点がある反面、現場にとっては設定項目が複雑になり、運用ハードルを劇的に上げる大きな要因となります。提供するベンダー側や、導入を決める決裁者側から見れば、将来の事業成長やプロセスの変化にも対応できる「豊富な機能(拡張性)」は、大変魅力的に映るでしょう。いわば、将来に向けた「安心の保険」です。
しかし、日々システムに向き合う現場の利用者からすれば、その「いつか使うかもしれない機能」は、現在の業務においては単なるノイズでしかありません。「このボタンを押したらデータが消えてしまうのではないか」「目的の画面にたどり着くまでに何回クリックすればいいのか」——機能が増えれば増えるほど、現場は操作ミスを恐れ、学習コストを強いられます。将来への期待を込めて盛り込んだはずの機能が、日常業務のスピードを落とす巨大な壁になってしまっているのです。
この状態が続けば、SaaSは「業務を楽にするための道具」から「操作方法を学習・解読しなければならない対象」へと変質してしまいます。
シリーズ第1回の結論
第1回で押さえておきたい結論は、シンプルです。 SaaS導入の課題は、もはや「機能の有無」ではない。機能の足し算を続けた結果、現場が「オーバースペック」に喘いでいる現実を直視しなければならない。
では、「何でもできる」はずの効率化ツールが、現場から具体的に何を奪っているのでしょうか。 次回、第2回『検索』の罠では、多機能ツールが現場から奪っている「見えない時間」の実態と、そこから生まれる現場の深刻な心理的負荷について迫ります。機能過多が引き起こす、目に見えにくい「コスト」の正体を掘り下げていきましょう。
※記載されている内容は掲載当時のものであり、一部現状とは内容が異なる場合があります。ご了承ください。

