集めたファンの声と行動にこそ答えがある
名古屋グランパス流マーケティングの3年間の軌跡

名古屋グランパス

愛知県をホームタウンとする名古屋グランパスは、サッカーに詳しくない方でも名前を聞いたことがあるほどの名門クラブです。本田圭佑や吉田麻也などの日本代表プレーヤーも輩出しており、2010年にはJリーグ初優勝も果たしました。そんなグランパスですが、2013年のJリーグ観戦者調査では、グランパスファンの「チームアイデンティフィケーション※」がJ1チームで最も低い結果に。シーズンチケットを購入する理由も『チームへの愛着』ではなく『チケットの割引があるから』が1位という結果になるなど、ファンとのコミュニケーションに大きな課題を抱えていました。

「より多くのファンに愛されるグランパスになるためには、自分たちが変わらなければならない」。そう感じたグランパスは、CRMの取り組みを始めます。体制もリソースもノウハウもないところから取り組みを始めて、試行錯誤の結果、3年経った今では着実に成果が出てきました。CRMの取り組みをサポートした弊社の営業担当・井上と、分析レポーティングを支援した福井を交えて振り返りを行う今回は、成功体験としてではなく、当時の悩みや泥臭い葛藤も含めた体験談として、3年間の変化を語っていただきます。

※「自分のことを真のクラブファンだと思う」といったように、チームに対して仲間意識や一体感、愛着などを持つこと。チーム・ロイヤルティ。

写真左より

井上 拓巳
シナジーマーケティング株式会社 西日本事業部 第一プロデュースG

福井 恵子
シナジーマーケティング株式会社 マーケティングソリューション部 データソリューションG

遠藤 友貴彦 氏
株式会社名古屋グランパスエイト マーケティング部 商品企画グループ チケット・ファンクラブ担当

戸村 英嗣 氏
株式会社名古屋グランパスエイト マーケティング部 商品企画グループ 係長

※部署名・役職は取材当時(2017年8月)のものです

リソースが足りず試合の運営で手一杯の日々

井上 グランパスさんと一緒にCRM活動の取り組みを始めて3年が経ちました。CRM活動が根付いてきた今、振り返りを兼ねて色々とお話を伺えればと思います。

戸村氏 実は、事例取材などは過去に受けたことがないんです。グランパスは、露出や思い切った企画をしないクラブだというイメージを持たれていると思いますよ。したくなかったわけではなく、人的リソースが足りなくて目の前の試合を回していくのでいっぱいいっぱいだっただけなんですけどね。

井上 今ではマーケティング部門を作られて、CRM活動を行っていますよね。

戸村氏 元々はすべて営業部で行っていました。営業部の中に、スポンサー営業担当、チケット担当、ファンクラブ担当、グッズ担当などが分かれていたんです。

井上 最初にお会いしたとき、戸村さんは営業部でスポンサー営業活動もされていましたね。

戸村氏 はい。井上さんにお会いしたのは、ファンクラブ活動を強化しようという気運が社内で生まれてきたときでした。相談していた付き合いのある企業から「リンナイ」の福本さんを紹介していただいて、福本さんから「シナジーマーケティングがいいよ」と教えてもらって。

井上 最初の打ち合わせは福本さんと一緒に伺いました。私以上に福本さんが熱く営業してくれていましたよね(笑)。

戸村氏 よく覚えています(笑)。そこから、シナジーマーケティング主催のイベントに参加して楽天野球団の講演を聞いたり、CRMやスポーツクラブにおけるファンとのコミュニケーションについて勉強させていただきました。

ファンとのコミュニケーション手段は会報誌と年に数回送るDMだけ

井上 マーケティングに割くリソースがなかった中で、ファンクラブの強化が決まったのはどういった背景からだったんですか?

戸村氏 多くのお客様にスタジアムに足を運んでいただくことが、私たちにとっては何より重要です。そのためには、クラブに愛着を持ってくれる人、つまりファンクラブ会員の裾野を広げないといけないですよね。そして、既にグランパスを応援してくれているファンとの距離も縮めていかねばらならない。この両方の活動をやっていかないといけないというコンセンサスは、クラブ内でありました。

井上 当時はファンクラブ会員が10,000人くらいでしたよね。ファンとのコミュニケーション方法は会報誌しかありませんでした。

戸村氏 あとは、チケットの販売開始をお知らせするDMを送っていたくらいですね。そんな状況だったので、ファンクラブ会員を増やして、ファンとのコミュニケーションを強化するにはどうすればいいのだろうと考えました。

そもそも、会員と一言で言っても、本当にいろんな人がいます。チケットをたくさん買ってより多くの試合を見たい人、選手とイベントで触れ合いたい人、子どもをサッカー教室に参加させたい人などさまざまです。

しかし、当時はファンクラブ会員のコースが、3,000円1コースしかありませんでした。1つのコースでは、いろんなニーズの受け皿になっていないのではないか、お客様のニーズに合わせたコースを設定しないといけないのではないかと考えて、ファンクラブ会員制度のリニューアルを検討していました。

それぞれが持っていた「ファンはこんな人だ」というイメージはバラバラだった

井上 そこで、まずはファンを理解するためにファンクラブ会員へのアンケートを実施しました。

戸村氏 先ほど話したような経緯もあって、翌年にファンクラブをリニューアルすることがある程度社内で決まっていたので、アンケート調査の結果を参考にファンクラブをどうコース分けするか考えようということにもなっていました。2014年にアンケートを実施し、2015年にアンケート結果を元にファンクラブのコース設計を行い、2016年からプラチナ・ゴールドなど5種類のコースを用意してファンクラブを運用しています。

井上 コンセンサスがあったので、すぐに動き出せましたか?

戸村氏 リソースが足りなかったので、現場の担当者からは「手間が増えるしお金もかかるから大変だ」という声も上がりました。けれど、このままでいいとは誰も思ってなかったんです。ファンクラブの会員を増やしたいし、ファンとのコミュニケーションを良くしたいという思いは同じだったので、なんとか現場の担当者にも納得してもらいながら進めていきました。

井上 思いは同じだったという言葉を聞いて思い出したのですが、アンケート結果の報告会には、役員の方をはじめ多くの方が、聞きに来てくれました。

戸村氏 社員30人くらい参加してましたよね。社員みんなが、ファンクラブの現状に興味は持っていたんです。普段の業務での経験から、それぞれが「シーズンチケットを買ってるファンはこういう人だろう」「ファンクラブに入っている人はこういったタイプが多いだろう」といった持論を持っていました。自分が持っているそういった感覚が当たっているのかどうかを含めて、みんな実情を知りたかったんだと思います。その報告会の最後で、当時の役員が「来年から本腰を入れてマーケティングを進めていこう!」と言ったんですよね。

井上 あの一言はすごく覚えています。報告会が終わった後も、いろんな方から意見をいただきました。それぞれが肌感覚で持っているファンのイメージが微妙に違うからこそ、認識を統一したり、一緒に新しい定義を作っていかないといけないと思いました。

戸村氏 「コア層」とか「ライト層」という言葉に抱いているイメージがばらばらでは、議論が噛み合なくなってしまいます。今は、「潜在層」「超ライト層」などの言葉を作り、スタジアムの来場回数によってファン層を定義しています。

ファンクラブ会員を増やす方法にも正解はなくて、コア層が増えてもいいし、ライト層が増えてもいいんです。けれど、その中でもグランパスが力を入れて獲得していくべきファン層がなんとなく見えてきました。今は、「まだ来場したことのない親子層を取り込んでいかないとファンの数は増えない」という共通認識が生まれています。

2014年のアンケート調査結果(一部抜粋)

来場履歴を取る仕組みがなく、誰が試合を観に来ているかわからなかった

戸村氏 CRMに取り組んでいこうというタイミングの2015年に遠藤が入ってきてくれて、データを見てCRM施策を回していく体制ができたのですが、新たな課題も出てきました。

遠藤氏 招待施策を実施した試合で初めて来場する方をたくさん集められているかや、プロモーション施策に注力した試合が2回目来場のきっかけになっているかなどを確認したかったんですが、データが取れていなくてできなかったんです。

井上 2015年時点では、来場履歴が正確に取れていなかったんですよね。

戸村氏 ファンクラブ会員で、かつスタジアム来場時に来場プレゼントを受け取りに来た方の来場履歴しか取得できていませんでした。

遠藤氏 2015年で1年かけてそういった課題を解消した結果、2016年からデータの補足率が上がりました。シーズンチケットを電子化するなど、来場データを取得しやすい仕組みを整えたんです。また、チケット購入者は来場意欲がある方なので、来場者と同義であると捉えることにするなど、社内での来場者の定義づけの変更も行いました。

こうして購入データと来場データを掛け合わせて見るようにしたことで、誰がいつ何回目の来場なのかを把握できる体制が整ってきました。

観戦者アンケートのスキーム
来場履歴を取得する仕組み

井上 グランパスさんは、そういった数値をレポートにうまくまとめて活用できています。

福井 どんなデータを見ていくかについては、こちらから提案した軸に、グランパスさんが見たいとご要望された軸をどんどん追加していきました。他のスポーツクラブ様のご支援もしていますが、グランパスさんにおいて特徴的なのは、各試合で『今季初めて来場した方の割合』や『来場者のアクション』のデータを取得していることです。

井上 レポートによる定量的な評価も大事にされていますが、アンケートもずっと継続して行われています。設問も、いろんな角度からファンの声を聞こうとしてるものですよね。改めて理由を聞かせていただいてもいいですか?

戸村氏 1年に4〜5試合、開幕試合や、ゴールデンウィーク・お盆・シルバーウィークなどの長期休暇期間に開催する試合を「重点試合」と定めて集客を最大化する取り組みを行っています。

この重点試合では、プロモーションを打ち、イベントを実施し、招待施策や割引を行うなど、いろんな要素を詰め込んで集客します。だから、新しいお客様が獲得できているのか、来場してくれたお客様が満足してくれたのかなど、それぞれの効果測定は絶対にやっていかないといけないですし、実施内容も変わるので毎回アンケートを取得しています。

アンケートはファンの声を聞く貴重な機会なので、プロモーションの効果測定だけでなく試合の運営体制やおもてなしの見直しにも活かしています。アンケート結果を見て、不満として上がったことは次の試合で改善していこうという意識は、社内で共通認識になってきたと思います。

井上 グランパスさんはアンケートをとても上手く使われていると思います。回答を集めてレポートを見て終わりではなくて、次の試合ではファンからの要望がちゃんと反映されています。だからかもしれませんが、アンケートの回答率がとても高いですよね。

戸村氏 「グランパスが少しでも良くなってくれるなら」という思いを持って、多くのファンの方が不満や要望を伝えてくれることはありがたい限りです。

スタジアム観戦後アンケート(一部抜粋)

「招待施策やチケット割引は、売上を下げるだけでは?」生まれた懸念をデータで検証

井上 ファンの要望を受け止められるのは、この3年間で体制が整ってきたからというのもあるかもしれませんね。

戸村氏 2016年の1月にマーケティング部門ができたのですが、その頃はマーケティング部門だけでなく、全社的に人を増やしたんです。営業担当、グッズ担当、チケット担当、ホームタウン担当、広報などほぼ全部署で採用を行いました。あの採用が無ければ、今ほどのスピード感を持って動けてはなかったと思います。

遠藤氏 2016年の後半からは全部署でSynergy!を使うようになりました。親子招待施策を行うときに、ホームタウン部門の担当者がSynergy!のフォームを使って招待を受け付けるなど活用しています。

井上 他部署を巻き込んで動いていくときのポイントってありますか?

遠藤氏 「マーケティング部では今こんなことをやってますよ」という発信をしてますね。そうすると他部署から「これどうやってやってるの?うちでも同じようなことがしたいんだけど」って相談が来たりするんです。

戸村氏 社内ではアナログでやってたことも多かったので、Synergy!を使えばより効率的にできることがあるって気付き始めたんだと思います。遠藤という講師もいることだし(笑)。

井上 そんな流れの中、昨年クラブ初のJ2降格という結果になってしまいました。

戸村氏 降格が決まってしまった昨年末の時期には、悶々の会のメンバーの皆さんに「グランパスを励ます会」まで開いていただきましたね(笑)。

今シーズンは初めてのJ2の試合ということで、シーズンが始まる前は「どれだけお客様が集められるだろうか」と不安を抱えていました。一方で高い集客目標があったので、招待施策やチケット割引などをかなり柔軟に行いました。2016年までにお客様のデータを整備することができていたので、お客様の属性や観戦状況に合わせて、きめ細やかにアプローチした結果、順調に集客ができています。

遠藤氏 J2の試合であっても、お客様を多く集めるには、お客様のデータをどれだけ持っているかが肝になるということはすごく感じています。賛否両論ありましたが、ワンコイン観戦や小学生招待などの施策を積極的に行って、お客様のデータを増やしていったこともよかったと思います。

(C)N.G.E

ファンの裾野を広げる、新規層を獲得するための招待施策

戸村氏 招待施策や割引をすると売上が下がるんじゃないかという懸念がありましたが、実際はそんなに下がっていません。

遠藤氏 招待施策で恐れていることって、毎回同じ人が申し込むのではないかということだと思うんです。バラマキになってしまわないかという怖さは確かにありました。けれど、実際にデータを見ると、去年の1万人招待施策と今年の1万人招待施策では、申込者の重複は10%程度でした。他の親子招待や福利厚生招待では、申込者の重複はほとんどありませんでした。

新しいお客様に来場してもらうきっかけになって、今後その方たちをファンクラブ会員やチケットの販売につなげていけると考えると、招待施策は実施する意義が大きいですね。最近、社内全体でそういった認識になってきているのは、ちゃんとデータが取得できて「招待施策は新規層を呼べる」ことが証明できるようになったからだと思います。

ファンクラブ会員数が増えても、1人ひとりのファンの声は今まで以上に届いている

井上 2014年のシーズン後半からマーケティング施策に取り組んできましたが、ここまでの成果を振り返ってみてどうですか?

遠藤氏 最初は13%しかなかった来場データの取得率が60%以上になったことは大きな成果ですね。来場したお客様の半数以上のことを詳しく知れるようになったということなので。

戸村氏 あとは、ファンクラブの会員数もぐんと増えました。

遠藤氏 2014年には10,980人だったのが、2015年に12,595人、2016年に14,000人、そして2017年は8月末時点で16,000人近くになりました。ファンクラブ会員へのアンケート結果をもとに、ニーズに合わせて会員コースの種類を増やしたことが良かったんだと思います。

戸村氏 3年で1.5倍になりましたもんね。

「クラブ公式Web販売」からのチケット売上シェア推移グラフ

2017年に入って公式Webサイトが半数以上を占めるようになり、1to1マーケティングが加速されている

井上 ファンの方から何か声をいただいたりすることってありますか?

遠藤氏 「ファンの声に沿うような企画が最近増えてきたよね」と言われたりすることはあります。あとは、ホーム試合の3日前に差出人名を選手の名前にしてメールを送っているのですが、その取り組みに対して「選手からメールが送られているようでうれしい」と言っていただいたり。

戸村氏 以前に比べてイベントやファンサービスが充実してきたことは感じてくれているようです。励ましの声や「自分たちは足を運んで応援するから、J1に上がれるよう一緒に頑張ろう」といった熱いメッセージをいただいたときはとても嬉しいし、そう言ってもらえると自分たちがやっていることの方向性は間違ってないんだと思えます。

(C)N.G.E

一方的な押しつけはやめた、ファンを知りファンの声に耳を傾ける

井上 アンケートやレポートを中心に据えて活動するようになって変わったことはありますか?

戸村氏 一方的な押しつけをお客様に対してしなくなりました。2014年以前は、何か施策を行うときにすべてクラブ軸で実施していました。恥ずかしながら、一方的に『こうすればファンが喜んでくれるだろう』と思ってしまっていたんです。施策の評価も、自分たちの中でしか実施していませんでした。

今は、レポートやアンケートを、部門や役割を超えたみんなで見て、次の試合でどう改善できるか、もっと良くするにはどうすればいいかを議論できています。その変化が一番大きいですね。

遠藤氏 Tシャツプレゼントの企画だけで1万人が来場してくれることなんてないように、数千人が一気に動く魔法のような施策なんてありません。だからこそ、ファン1人ひとりのデータをなるべく多面的に集めて、1人ひとりのことをたくさん知って、属性やタイプや観戦スタイルに合ったコミュニケーションを地道に行っていくしかないという認識が、ようやくクラブの中に生まれてきたと思います。

3年間のマーケティング活動を通して、グランパスは「集めたファンの声と行動にこそ答えがある」ということに気付きました。その信念は、戦うフィールドがJ2になっても変わりません。

自分なりの楽しみ方を見出して、スタジアムに足を運ぶ人が増えてほしい。
「またグランパスの試合を観に来たい!」と思ってもらえるようなスタジアムでの体験を作りたい。
そして、サッカー観戦の魅力を伝えて名古屋・愛知を盛り上げていきたい。そのためにいろいろな企業とのハブになっていきたい。

そんな思いを胸に、グランパスはこれからも「ファン1人ひとりがどうすれば喜んでくれるか」を知るために、ファンと向き合ったマーケティング活動を続けていきます。

※記載されている内容は取材当時のものであり、一部現状とは異なることがありますが、ご了承ください。

株式会社名古屋グランパスエイト
マーケティング部
商品企画グループ 係長
戸村 英嗣 氏

株式会社名古屋グランパスエイト
マーケティング部
商品企画グループ チケット・ファンクラブ担当
遠藤 友貴彦 氏

名古屋グランパス

株式会社名古屋グランパスエイトは、Jリーグに所属するサッカークラブ・名古屋グランパスの運営企業です。プロサッカー試合の開催・運営、サッカースクール及びサッカー普及活動の企画・運営、オリジナルグッズの制作・販売などを事業としています。

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